東京地方裁判所 平成11年(ワ)4871号 判決
原告 株式会社フィデスコーポレーション
右代表者代表取締役 佐々幸三郎
右訴訟代理人弁護士 河合怜
同 三浦修
被告 東硬硝子工業株式会社
右代表者代表取締役 石渡善基
右訴訟代理人弁護士 青木孝
同 橋本栄三
同 鈴木研一
主文
一 被告は、原告に対し、四八四万四二八六円及びこれに対する平成一二年二月二七日から支払済みまで年六パーセントの割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は、被告の負担とする。
三 この判決は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
主文と同じ。
第二事案の概要
本件は、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)の賃借人であった原告が、本件建物の競落人である被告に対し、被告は、右競落により本件建物の賃貸借契約に基づき預託された保証金の返還義務を承継したと主張して、賃貸借契約の解約を原因として、被告の原告に対する反対債権と相殺後の保証金の返還を請求する事件である。
一 争いのない事実等(認定事実については、証拠等を掲記する。)
1 原告は、不動産の売買・賃貸、飲食店の経営等を業とする株式会社であり(弁論の全趣旨)、被告は、建物の賃貸等を業とする株式会社である。
2 原告は、昭和六〇年六月二五日、株式会社桃源社との間で、同社の所有する本件建物につき、賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結し、本件賃貸借契約が解約されたときは、明渡しと同時に返還するとの約定で保証金一四七〇万円(以下「本件保証金」という。)を預託した(甲一、五、弁論の全趣旨)。
3 被告は、平成一〇年九月二一日、本件建物を含む一棟の建物(以下「第一一ビル」という。)を競落し、その所有権を取得した。
4 原告は、被告に対し、平成一一年一月一九日、本件賃貸借契約を同月末日限り解約する旨を通知し、同年二月二四日、被告の希望により、造作の撤去を行わず、室内の動産についても所有権を放棄して、本件建物の明渡しを完了した。
5 原告は、本件建物とは別に、第一一ビルの三階部分及び地下一階部分も桃源社から賃借しており、被告が第一一ビルを競落してから平成一二年二月二六日までの間に、原告が被告に対して支払うべき本件建物、右三階部分及び地下一階部分(以下、右三室を「第一一ビル三室」と総称する。)の賃料等は、別紙被告請求金額内訳及び別紙延滞金計算書各記載のとおり合計一〇四五万二七三二円である。
6 原告は、被告に対し、本件保証金返還請求と右5の被告の原告に対する反対債権とを別紙相殺の経過記載のとおり、順次対当額で相殺する旨の意思表示をした(甲一七ないし二四の各1、2、同二五)。
二 被告の主張
1 本件保証金の性質
第一一ビルは、昭和五九年一二月一二日に新築され、その直後である昭和六〇年六月二五日に本件賃貸借契約が締結されたこと、本件保証金の額は、当初賃料(二〇万円)の七三・五か月分にも相当することからすると、原告は、桃源社に対し、第一一ビルの建築資金として借り入れられた金員の返済等に充当する趣旨で本件保証金を貸し付けたものと解するのが相当である。したがって、本件建物を含む第一一ビルの競落人である被告は、その返還債務を承継しない。
2 原告の桃源社に対する債務の不確定
原告が本件保証金の返還を請求するためには、原告が本件賃貸借契約に基づく債務を弁済したことを主張、立証することを要するところ、原告は、本件賃貸借契約締結後の賃料等の債務の弁済について主張、立証を尽くしていない。したがって、被告が原告に返還すべき保証金の額を確定することができない。
3 本件賃貸借契約の合意解約
原告は、被告が本件建物を含む第一一ビルを競落する以前である平成九年五月三一日、桃源社との間で本件賃貸借契約を合意解約した。
原告は、右合意解約を虚偽表示であると主張するが、右主張は否認する。仮に、右合意解約が虚偽表示であったとしても、これは、本件建物の賃料債権の差押債権者である有限会社マクロエステート(以下「マクロ」という。)に対する関係において、マクロを詐害するものとして、相対的に無効であると解するのが相当である。
また、被告は、右合意解約後に本件建物を含む第一一ビルの所有権を取得したのであるから、原告は、被告に対して、その無効を対抗することはできない。
三 原告の主張
1 本件保証金の性質
本件保証金は、本件賃貸借契約に基づく原告の債務を担保するために差し入れられたものであること、本件保証金のほかに敷金が差し入れられたことはないこと、本件保証金は、本件賃貸借契約が解約された場合に、明渡しと引換えにのみ返還されるものであることなどからして、その返還債務は、本件賃貸借契約に基づく賃貸人の債務として、本件建物を含む第一一ビルの競落人である被告に承継される。
2 本件賃貸借契約に基づく賃料の支払等
原告は、桃源社に対し、平成四年七月分までの本件建物の賃料等は支払済みであり、その後の分に関しては、以下に述べる経過により、相殺契約により消滅し、又はマクロによる債権差押えの効力が及んでいる。
(一) 原告は、桃源社との間で、第一一ビル三室の賃貸借契約を締結していたほか、東京都新宿区歌舞伎町二丁目二一番四号所在の第五桃源社ビルの三階部分(以下「第五ビル」という。)及び東京都港区六本木四丁目五番九号所在の第三六桃源社ビルの地下一階部分(以下「第三六ビル」という。)の賃貸借契約を締結していた。
(二) 第一一ビル三室及び第五ビルの賃料は、以下のとおりであった。
(1) 第一一ビル三室分
平成四年九月分まで 一六六万円
同年一〇月分から 一〇二万七〇五〇円
平成五年一〇月分から 五五万円
(2) 第五ビル
平成四年一〇月分から 一六万円
平成五年一〇月分から 一〇万円
(三) 第一一ビル三室及び第五ビルの賃料債権に係る桃源社との間の相殺契約及びマクロによる債権差押えの経過は、以下のとおりである。
(1) 第三六ビルの保証金返還請求権の取得
原告は、桃源社に対し、明渡しの四か月後に二〇パーセントを償却した残額を返還する旨の合意の下に、第三六ビルの賃貸借契約に基づく保証金四二〇〇万円を預託していたが、平成四年六月三〇日、桃源社との間で第三六ビルの賃貸借契約を合意解約し、これを明け渡し、保証金返還請求権三三三四万八〇〇〇円を取得した。
(2) マクロによる賃料債権差押え
マクロは、桃源社に対する債務名義に基づき、平成四年七月九日、第一一ビル三室の賃料を一五〇〇万円を限度として差し押さえる旨の債権差押命令を得、右債権差押命令は、同月一〇日、第三債務者である原告に送達された。
(3) 第三六ビルの保証金返還請求権と賃料債権との相殺契約
原告と桃源社とは、平成四年九月三〇日、第三六ビルの保証金返還請求権と第一一ビル三室及び第五ビルのそれ以後の賃料債権とを対当額で相殺する旨を合意した(第一相殺契約)。
(4) 第五ビルの保証金返還請求権の取得と賃料債権との相殺契約
原告は、桃源社に対し、明渡しの四か月後に二〇パーセントを償却した残額を返還する旨の合意の下に、第五ビルの賃貸借契約に基づく保証金一〇〇〇万円を預託していたが、平成七年三月三一日、桃源社との間で第五ビルの賃貸借契約を合意解約し、これを明け渡し、保証金返還請求権七九四万円を取得するとともに、同日、右保証金返還請求権と第一一ビル三室のそれ以後の賃料債権とを対当額で相殺する旨を合意した(第二相殺契約)。
(四) 右(三)の経緯の下における第一一ビル三室及び第五ビルの賃料債権の帰すうは以下のとおりである(別紙賃料差押及び保証金との相殺額一覧表参照)。
(1) 第一一ビル三室の賃料債権のうち、マクロの債権差押えの効力が生じた後第一相殺契約の効力が生ずるまでの分である平成四年八、九月分については、マクロの債権差押えの効力が及ぶ。
(2) 第一相殺契約により、第一一ビル三室の賃料債権のうち、平成四年一〇月分から平成八年四月分までの全部及び同年五月分のうち二五万三四〇〇円並びに第五ビルの賃料債権のうち、平成四年一〇月分から平成七年三月分までの合計三三三四万八〇〇〇円が消滅した。
(3) 第一一ビル三室の賃料債権のうち、平成八年五月分の残金二九万六六〇〇円、同年六月分から平成一〇年一月分までの全部及び同年二月分のうち三八万三四〇〇円((1) と合わせて一五〇〇万円に達するまで)については、マクロの債権差押えの効力が及ぶ。
(4) 第二相殺契約により、第一一ビル三室の賃料債権のうち、平成一〇年二月分の残金一六万六六〇〇円及び同年三月分から被告による第一一ビル競落までの分は、すべて消滅した。
3 本件賃貸借契約の合意解約の無効
原告と桃源社とは、平成九年五月三一日、本件保証金の返還請求権と同年七月分以降の本件建物の賃料相当損害金とを対当額で相殺する処理をする形を整えるために、本件賃貸借契約を解約する合意をしたが、右へ合意後も、原告が従前どおりに本件建物の使用を継続することが合意されており、両者において、真実、本件賃貸借契約を終了させる意思は有していなかった。したがって、右合意解約は虚偽表示により無効である。
第三争点に対する判断
一 本件保証金の性質について
第一一ビルは、昭和五九年一二月一二日に新築され(甲二)、本件賃貸借契約は、昭和六〇年六月二五日に締結されたものであること、本件保証金の額は、当初賃料の七三・五か月分に相当することは被告主張のとおりである。しかし、他方、証拠(甲一)及び弁論の全趣旨によれば、<1> 本件保証金は、本件賃貸借契約に基づく原告の債務を担保するために預託されたものであり、本件保証金と別に敷金が交付されたわけではないこと、<2> 本件保証金には利息は付けられないこと、<3> 本件保証金は、本件建物の明渡し時に原告による原状回復義務の履行を確認した上で返還されるものとされており、本件賃貸借契約の終了と関係なくその返還がされることは全く予定されていないことが認められるのであって、これらの事実に本件建物が六本木に所在する飲食店用の商業用ビルの一室であること(甲六)を総合すると、被告の主張事実を考慮しても、本件保証金は、敷金の性質を有するものであると認めるのが相当である。
したがって、被告は、本件建物を含む第一一ビルを競落したことにより、競落人である被告に対抗することができる(この点については争いがない。)本件賃貸借契約に基づく本件保証金の返還義務を承継する。
二 本件賃貸借契約に基づく原告の賃料等の支払について
証拠(甲一〇の1、2、一一、一二の1、一三ないし一五、一六の1、2)及び弁論の全趣旨によれば、原告の主張2の(一)ないし(三)記載の事実をすべて認めることができる。右事実によれば、平成四年八月分以降の本件建物の賃料債権については、(1) マクロの債権差押えの効力が生じた後第一相殺契約の効力が生ずるまでの分である平成四年八、九月分については、マクロの債権差押えの効力が及び、(2) 平成四年一〇月分から平成八年四月分までの全部及び同年五月分の一部については債権差押えに対抗することができる第一相殺契約に基づき、第三六ビルの保証金返還請求権と相殺され、(3) 平成八年五月分の残金、同年六月分から平成一〇年一月分までの全部及び同年二月分の一部については、マクロの債権差押えの効力が及び、(4) 平成一〇年二月分の残金及び同年三月分から被告による第一一ビル競落までの分については第二相殺契約に基づき第五ビルの保証金返還請求権と相殺されたものということができる。
以上に加え、第一相殺契約において、同契約締結後の賃料債権を第三六ビルの保証金返還請求権と相殺することとされていることからすると、それ以前の本件建物の賃料債務等の不払がなかったことが推認されること(仮に、未払賃料等があればこれも相殺の対象としたであろう。)、原告の主張2の(一)ないし(三)記載の事実によれば、被告が第一一ビルを競落した時点においては、原告は、桃源社に対し、なお、第五ビルの保証金返還請求権を残しており、仮に、本件賃貸借契約に基づく債務に不払があったとすれば、右保証金返還請求権と対当額で相殺することができる立場にあったことに加え、第一一ビルの現況調査報告書(乙一)にも、原告の本件賃貸借契約に基づく債務の不履行をうかがわせる記載がないことを総合すると、原告には、本件保証金から控除すべき債務の不履行はないものと認めるのが相当である。
三 本件賃貸借契約の合意解約の効力について
原告が、桃源社との間で、平成九年五月三一日、本件賃貸借契約を解約する合意をしたことは当事者間に争いがない。
原告の主張2の(一)ないし(三)の事実を認めることができることは前記のとおりであることに加え、証拠(甲二七ないし三〇、乙三、四)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、桃源社との間で本件賃貸借契約を含む第一一ビル三室の賃貸借契約を解約することを合意したものの、他方で、その賃料相当損害金債権と第一一ビル三室の保証金返還請求権とを相殺することを合意した上、平成九年五月三一日以後も、原告において、第一一ビル三室を引き続き占有し、従前からのテナントに対する転貸を継続し、空室については不動産業者を通じて新たなテナントの募集を行うなどしてきたことが認められる。
右事実によれば、本件賃貸借契約の合意解約にもかかわらず、原告が従前と変わることなく本件建物を初めとする第一一ビル三室の使用、占有を継続することが合意されていたことは明らかであり、このことに、原告は、平成四年九月以降、桃源社との間の賃貸借契約を順次解約し、解約により取得した保証金返還請求権となお継続する賃貸借契約に基づく賃料債権とを対当額で相殺することにより、桃源社に預託した保証金の回収を図ってきたが、本件賃貸借契約の合意解約の時点では、マクロの債権差押えに対抗することができる第一相殺契約による債権回収が終わっていたことを併せ考慮すると、本件賃貸借契約の合意解約は、マクロによる差押えの効力を免れるための通謀虚偽表示であると認めるのが相当である。
被告は、右合意解約が虚偽表示であるとしても、相対的無効と解すべきであると主張するが、右主張は、独自の見解であって採用することができない。また、その無効を被告に対抗することができないとも主張するが、弁論の全趣旨によれば、被告が第一一ビルを取得した当時、本件賃貸借契約が合意解約されたものと信じていたとの事実を認めることはできないから、右主張は、その前提を欠く。
四 以上によれば、原告の請求は理由があるから、これを認容することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 綿引万里子 裁判官 生野考司 裁判官 大寄麻代は、在外研究のため署名押印することができない。裁判長裁判官 綿引万里子)
別紙<省略>